電通大生による自殺日記

自殺する電通大生の日常を晒す。

アフリカの子供について考えるのは、酸素と時間の無駄遣いだ

中二のときクラスメイトが給食の残飯を見て「もったいない」と言った。
「世界には飢餓に苦しむ子供がたくさんいるのに」と続けた。



じゃあ、お前に何ができる?
アフリカに行って、この給食の残飯を届けにでも行くのか?
募金でもするのか?



何の意味がある。

寄付した物が本当にアフリカの子供に届いているか確認しようがないのに。
どんな形で利用されているかも追跡できないのに、信用できないのに。
どこかの悪い奴に搾取されているだけかもしれないのに。


お前が給食の残飯に対し「もったいない」と言っても、何の解決にもならない。

住む世界が違うのだから。



できもしないことを、さも自分は理解者であるかのように容易く言うな。


酸素と時間の無駄遣いだ。


人間はこれっぽっちも、他人の心配なんかしやしない。
まして遠い国のアフリカの子供など、赤の他人だ。


募金して、寄付して、支援して、自分は善人だとアピールして、さぞ満悦だろう。

お前だって、アフリカの子供だって、誰だってどうせ死ぬ。




と思った話。

そのクラスメイト、今何してると思いますか?
アフリカの子供なんか考えずに、FGOとか刀剣乱舞とかゲームしてますよ。

これが現実でしょ。

 

鳥籠の中の放浪者は

2023年1月16日(月)~22日(日)

生きることに向いていない。
生きていても仕方がない。

社会に出ても牢屋にいても楽に死なせてはくれない。
だから脱獄する。囚人は"死"という救済を求めて。

行くあてのない人間が自分の居場所を求めることを社会は赦してくれない。


大人が考える未来と自分が望む世界の乖離。


自分の何かしらの成果が認められる手段がないと、人は安心も不安もしない。
誰かに評価されないと、それに打ち込み、考え、熱中した時間には意味がないのだろうか。


様々な結末を自分のようなろくでなしに任せるべきではない。


答えのない問いを一生追いかけていたい。


人生は常に寂しい。抗う術はない。



2023年1月30日(月)~2月5日(日)

低俗な物に溺れたい日もある。


今日も自分の悲鳴で起きた。
二度寝するために眠剤を飲んだ。


幸せでないことはなぜ悲しいのか。


早朝に『Sailing』を聴いて泣いた。
現状について悲観したわけでも、自殺が怖いわけでもなかった。

ただ純粋に勉強していたあの頃と、本当の自分を理解しようと努力していた、心配してくれた良き先生を二人思い出して泣いた。
大半の教師は嫌いだ。だがあの二人だけは違った。

だからこそ裏切る人生を選んでしまったことに後悔が残るのだ。


きっと優しすぎるから人は道を誤るのだろう。
人を慈しむ心があるから法を犯してしまうのだろう。


勉強しても落ちこぼれは落ちこぼれだ。


暑いのに寒い。何もかもどうでもいい。生きていたくない。
大した人生でも立派な人間でもない。

息をするのに飽きた。



2023年1月~2月

ベランダで一服しているとしばしば、誰かに部屋の内側から鍵を閉められるのではないかと不安になる。 一人暮らしだからありえないが。
これを書くと現実になりそうだから書けずにいた。


最近、風呂に入ると急に発狂しそうになる類の恐怖を感じる。
例えるならパズルゲームで列に一つだけ色が残ったときのような。