元電通大生による自殺日記

自殺する人間の日常。

元電通大生による自殺日記

はじめに

このブログでは、自殺願望のある大学生がどのような過程で自殺に至るかが分かります。
何を感じ、考えた末に自殺を選ぶのか、自殺志願者の人生の一例を知ることができます。


筆者のクズ経歴。


2020年 電気通信大学に入学
2021年 うつ病により1年間休学
2022年 復学するも前期で留年確定
2023年 引きこもり2度目の留年確定
2024年 再び1年間休学&死ぬ前に退学予定
2025年 3月末に退学→決行



在籍3年で18単位しか取っていないゴミ人間です。


ここ数年、死んだように生きていたため、内容は稚拙で文章は不自然です。
こんな底辺もいるんだな、という感じで読んでいただけたら筆者は喜びます。



『電通大生による自殺日記』をご覧いただいた皆様へ

突然のご連絡となり申し訳ございません。
去る2025年、当ブログの筆者「不登校大学生」は24歳にて急逝致しました。
早速申し上げるべき処でございましたが、お知らせが遅れましたことを深くお詫び申し上げます。
ここに生前のご厚情に深く感謝申し上げますとともに、謹んでお知らせ申し上げます。

尚当ブログに関しましては、生前の故人の意向により、『電通大生による自殺日記』から『元電通大生による自殺日記』に名称を変更し、存続させていただきます。
Xの方も同様でございますが、現在は私二代目が引き継いでおります。ご容赦ください。

今後につきまして、故人から預かった日記を元に、可能な限り故人に寄せ、更新させていただければと思います。
皆様に最期までお楽しみいただけますよう精進いたします。
今は亡き彼女にもうしばらくお付き合いいただけますと幸いです。

2026年5月9日



注意事項

『元電通大生による自殺日記』(以下、当ブログ)は自殺を推奨・助長する目的としたものではありません。
当ブログのコンテンツ・情報について、正確性や安全性を保証するものではありません。
当ブログで掲載している文章や画像につきましては、無断転載することをお控えください。
ご連絡は以下のXのDMにて。
不登校大学生(@uec20_suicide)|X 



『電通大生による自殺日記』をご覧いただいた皆様へ

突然のご連絡となり申し訳ございません。
去る2025年、当ブログの筆者「不登校大学生」は24歳にて急逝致しました。
早速申し上げるべき処でございましたが、お知らせが遅れましたことを深くお詫び申し上げます。
ここに生前のご厚情に深く感謝申し上げますとともに、謹んでお知らせ申し上げます。

尚当ブログに関しましては、生前の故人の意向により、『電通大生による自殺日記』から『元電通大生による自殺日記』に名称を変更し、存続させていただきます。
Xの方も同様でございますが、現在は私二代目が引き継いでおります。ご容赦ください。

今後につきまして、故人から預かった日記を元に、可能な限り故人に寄せ、更新させていただければと思います。
皆様に最期までお楽しみいただけますよう精進いたします。
今は亡き彼女にもうしばらくお付き合いいただけますと幸いです。

2026年5月9日



生まれる場所は選べないから、キレイなあの子は今日も死を考える

 ああいうきれいな世界に生きていると、自分みたいな汚れた人間がいるべきではないんだと常に思う。

 僕は彼らの未来を奪った、どうしようもない人間。

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 壁を伝い杖を片手に歩く女性に、すれ違い老爺が「どこまで行くの」、「車椅子使える場所あっけど」と声をかける。地元ではまず見ない光景。そもそも障害者は家から出してもらえない。都会の冷たくもあるし、温かくもある、どんな奴が生きて歩いていても許される空気が好きだ。


 老害老害による老害のためのコミュニティこそが田舎である。


 人間は無から生まれて無に帰るのに、前世とか来世とか、天国とか地獄とか、うるせえな。魂の概念もクソくだらねえな。
 多くの普通の人間は、悪いことより良いことをした方が精神的に安定するのだろうが、良いことの基準をはかるのは自分であり、それが必ずしも万人にとって良いこととは限らない。悪によって救われる人間もいる。どんな生き方になるにしても、どんな死に方になるにしても、死んでみないとその先について議論することはできない。


 酔っ払いの車に轢かれた受験生が死んだ。受験の先にあった未来より、死んだ方が楽かもしれないと思った。元々そんな世界じゃないか。犯罪者が笑って生きて、非犯罪者が泣いて死ぬ。嫌な奴も性悪者も老害も最後は笑って死ぬのだろう。法で裁けない奴らのために明日も誰かが悪を背負う。闇の中を歩いていく。代われるなら代わってあげたかったな。


 生まれる場所は選べないから、キレイなあの子は今日も死を考える。


 『エスケープジャーニー』に心臓を鷲掴みにされた日を忘れたくない。タイトルも思い出せない漫画に泣いた日を忘れたくない。未明に聴いたamazarashiの『そういう人になりたいぜ』に胸が苦しくなった時間を忘れたくない。尾崎豊の詩に感動した日を覚えていたい。
 高橋優の『福笑い』に、自分はまだ人の心を失ってはいなかったと安堵した、寝つけなかった夜を忘れたくない。Twitterで見た誰かの血まみれの涙と、「やっと寝られる」と己の頭を撃ち抜いたその安らかな顔に、自分を重ねた静かな雨音の早朝を忘れたくない。
 もういいんだ。もう夜は明けなくていい。雨なんて止まなくていい。冷たいままでいい。どうせ拾った命だから。これでいいんだ。僕は僕のまま死ねるのだ。これ以上笑えることなんてあるものか。

I know you don't love me. I just don't forget that.

 家族の次に大事で、一緒に死を考えた友人が「生きてていい」と言うのだから、僕は今日まで生きてしまっているのです。
 他人の人生を諦めた僕が、他人の言葉に迷わされて自分の人生を手放せずにいるのです。

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 百鬼を率いる者が人の言葉に惑わされてはいけません。  

 あなたの中の私は死んだ。
 あの日見た夕日、きれいでした。お元気で。

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 「うれしくありませんか。 
  年を重ねるごとに、あなたが愛した父に、僕が似ていくことが」

 「僕の顔がもう少し父に似ていたら、僕を愛してくれましたか」


 歪んだ愛、性癖。
 色白で細くて美しい少年。
 彼はあまりに兄に似すぎている。  


 泣き崩れる遺族と死臭、グロテスクな遺体が並ぶ体育館。
 地獄の中一人、顔色ひとつ変えず、遺体を一体ずつ確認する。
 その瞳は冷たい。
 恐怖も同情も何もない。  

 表情が変わった。
 兄の遺体の前にしゃがみ、何やらつぶやいている。
 両目を伏せて小さく微笑んだ彼は、制服の胸ポケットから生徒手帳を取り出し、写真らしき紙を兄の左手に収める。
 左手以外焼失した兄にキスをして。

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 「朝か昼か夜かも分からない場所にいつまでいればいい」
 「もう十分に反省しただろう」

 生きていても仕方がない。社会に出ても牢屋にいても楽には生きられない。
 だから脱獄する。囚人は『死』という救済を求めて。


 「マーカ」
 「やあキーリャ、今日は良い天気だね」
 真っ白なベッドに繋がれたマカールは言う。
 「傷はもう良いのかい」
 無言のままマカールを見つめるキリル。マカールは薄ら笑いでキリルの腹部に目をやる。
 「良くはないか。まあオレも良くはない」
 気丈にふるまうマカールにキリルは「マーカ」と一言。
 マカールはキリルが続けようとした言葉を制し首を横に振る。
 「キーリャ、屋上に連れていってくれるかい」

 車椅子の軋む音が廊下に響く。
 他の患者や看護師が往来しているのに、その空間では二人だけが息をしている。
 屋上に着くまで二人は無言だったが、キリルの瞳は無の裏に悲哀と罪悪感を隠し、対するマカールはさながらエデンの住人のようだ。
 一月前、自身が乗る車椅子を押す男を刺したとは到底思えないほど、幸福と解放を感じる。

 キリルが屋上の扉を開けると、
 「キーリャ、少し一人にしてくれるかな」
 マカールは穏やかな口調で、リングに手をかけ、眩しさの中へ消えて行った。



 「さよなら、マーカ」
 屋上には無人の車椅子が晴天の下残されていた。

あなた、本当は死ぬ気ないでしょう?

 「あなた、本当は死ぬ気ないでしょう」  
 真剣さを感じない、と彼女は笑いながら言った。

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 空白を自分で埋めようと歌う人もいれば、空白に埋もれてしまいたいと歌う人もいる。それが個性なのだ。

 焦るな。どうせ死ぬんだから。

 初めて本物の人の幸せを見た。西友の階段で赤ちゃんをあやしていたお兄さんの、不純物が何一つないあの幸せそうな顔を、再び見ることはないだろう。することもないだろう。誰もあの温かなほほえみには勝てないだろう。

 快速に飛び込んだ彼になれるだろうか。彼のように綺麗な顔で死ねるだろうか。


 ものすごく死にたい、そうだ絶対に死ぬんだ、という強い決意と、あの街でいつまでもダラダラしていたい=内側の世界を追求したい、という欲望の対極。それか世界が終わってほしい。家庭が崩壊するか、血の繋がっている奴全員くたばってくれ。それより自分が死んだ方が早いか。そりゃ漫画の続き読みたいし、馬券買いたいし、ウマ娘育成したいし、ハーゲンダッツ食いたい。けどそれらが生きる理由には到底ならない。それらを生きる希望にしちゃいけないよな。


 ××のイオンで恩師を見かけた。高校卒業以来、約5年振りに姿を拝見した。何も変わっていないように見えた。声をかけようにも、今の自分の見た目では気づいてもらえなさそうだった。というより、そもそも恩師の名前を思い出せなかったため、声を掛け損ねた。
 いやもっと他に理由があった。自分の情けなさ、弱さ、恥を、かつての恩師に見透かされることが嫌だったのだ。今の自分には恩師が喜ぶような話をしてあげることができない。受験をサポートしてもらった大学を2回も留年し、2年も休学しているのだから。他の同級生が社会人として働き、もしくは大学院生として学んでいる中、何も生み出せず布団に潜りこむ毎日。そんな己の幼さを笑い話にできるくらい成長してはいなかった。とても苦い日だった。


 〇〇に帰ってくると「まだこの街にいていいんだよ」と聞こえる。「ここは君の街なんだよ」と言われてる。向こうにいる自分は自分じゃない。あれは俺じゃない。

 傘を盗まれたと「生活の記録」に書いたとき、担任は自分も昔ウォークマンを盗まれたと書き返してきた。まるで盗まれることは当たり前なんだと、盗まれる経験もしておけと、そう言われた。そんなの、当たり前にしていいわけないだろ。盗むのも盗まれるのも、人として恥ずべき行為だろ。そんなんだから、いつまで経っても腐った社会なんだろうが。

 あの頃だって”ちゃんと”やってたのに、あの頃も不利を食らって。今もずっと痛みを引きずって。人の見えない所で努力するものじゃない。

ずっと肯定され続けたいなんて贅沢かな

 今、本当に欲しい救いは、死者の使いの来訪。

 田舎は嫌いだ。田舎だから嫌いなんじゃなくて、田舎の人間の性格の悪さや陰湿さが嫌いなんだ。

 平和とは沈黙である。

 不条理に対し、無条件で降伏するような薄い人間になりたくない。何が「平和について考えてみませんか?」だよ。戦争、紛争中の国が平和について考える余裕があるか。所詮、対岸の火事だからそんなことが言えるんだろ。お前らが提起するよりもずっと前から考えてんだよ。青いなりに考えてんだよ。  

 善人の方がよっぽど悪人なんじゃないか。世の中には犯罪をしたくてした訳じゃない犯罪者も悪人になってしまう。

 無理に勝負することはないんだ。17歳であの詩を書けるから優れていることは確かであっても、比べる必要はないんだ。
 何も考えない方が楽に生きられる。けれど考える行為を止めることは人間を辞めることに等しい。だから生について、死について、人間について、考えて生きて死ぬんだ。


 日本は天国だけど地震が多い。また能登で何か、地震か事件が起こるってさ。夢の中の誰かが言ってた。

 いっそ犯罪者になった方が救われると考え、犯罪者になる人間も少なからずいるのだろう。生きるとは何か、理解した奴から順に精神病棟に入れられる。死刑囚の中に善人がいることを知っている。反対に、犯罪者ではない人間の中に悪人がやまほどいることも知っている。善悪は犯罪歴の有無で計れるものではない。

 amazarashi、尾崎豊鬼束ちひろ森田童子の音楽に出会えて良かった。ロッド・スチュアートの『Sailing』、Chouchouの『sing 0』、その他たくさんの良い音楽と生きられて良かった。〇〇〇、電車に飛び込んだ△△、マンションから飛び降りた××、全ての偶然の出会いに感謝する。

 ずっと肯定され続けたいなんて贅沢かな。

 すれ違う人の中に自分以下の品のない人間が実在することを許容したくない。それは絶望以外に何と形容できようか。

 子どもの意思を無視する親は存在してはいけない。その親の親、さらに遡り先祖までも存在を認めてはいけない。どうせろくな血筋じゃない。


 万物は対等だ。死刑囚も、生活保護受給者も、ニートも、エリートも、障害者も、自殺志願者も、政治家も、動物も全て対等だ。でも対等の輪は常に自分以外に広がるものであって、その輪に自分はいない。自分以外の外は全部同じものに見える。何の格差もないものに見える。みんな同じ土台に立っている。

 ”生きてて良かった”なんて絶対に言わない。そう思う自分を絶対に許さない。これまで死んでいった奴らと、これから死んでいく奴らを否定するのは美しくない。

 人は自分と同じものを求めてしまうが、自分と同じものを持っているのはきわめて稀だ。だけどその実、人は自分とは違う形で同じものを、もしくは自分にないものを持っている。それに気づけなかった己の弱さを自覚するのは素晴らしいと思う。

憎むのと同じくらい、地球を、世界を、人を愛している

 どうせ死ぬんだったら、世界に問題提起してから死のう。

 日本が非核三原則を掲げながら、核兵器を所有、製造、預託していたとしても驚きはない。責めることもない。核戦争の抑止力になるのも事実である。しかし日本の場合、攻撃のためではなく、国民を守るために核兵器を隠していそう。それは悪いことではない。

 人生の長さと人生の充実度は比例しない。虐待で死んだ子どもと老衰で死んだ老人の人生、どちらが優れていたかなど決めようがないだろう。そもそも人生に優劣をつけることなどできないだろう。


 人間なんて勝手に生まれて勝手に死ぬだけなのに、「還付金詐欺にご注意ください」とアナウンスが流れる街の馬鹿馬鹿しさ。人が同族を欺き合うのはすごくくだらない。

 「神様でも学校に行けなくなるんだ」と「深入りすると後で痛くなっちゃう」は本当にその通りだと思う。

 自殺した人の美しさを心理学では表現できない。

 人の心が分かりすぎたり、全く分からなかったりする人が存在するのは、前者は清らかな心の持ち主だからであり、後者は自己中で無神経で下品な心の持ち主だからである。

 憎むのと同じくらい、地球を、世界を、人を愛している。

 3年前、初めて映画『ジョーカー』を観たときは、良さがよく分からなかった。狂っている奴の狂っている話としか思えなかった。だが自分にとって哲学者であった高校の現社の先生が『ジョーカー』を高く評価した理由を5年越しに知りたくなった。哲学者と同じ視点で物事を観察したかったから再び鑑賞した。2回目は1回目より理解できた。主人公の世界が現実にしろ、妄想にしろ、”人生”と呼ぶにふさわしい人生なのだと分かった。あれこそが”生きている”を体現しているのだ。


 飛び降り自殺未遂動画を見た。
 「大丈夫だよ」、「汚い大人にはみんな気をつけて」と泣きながら、でもはっきりと投稿者の声が収録されている。「またどうせ死ねないんだろって、言われてるの」、「11階だから確実に死ねるよ」、「みんな守れなくてごめん」、彼女の声が耳からも頭からも離れない。
 その動画内で自殺は未遂に終わっているが、彼女はすでに死んでいる。知り合いでもないのになぜ忘れられないのだろう。
 日本や海外の自殺動画を漁っていたら偶然辿り着いただけだ。実際に飛び降りるシーンや飛び降り死体が映っていたわけじゃない。首吊り配信中に邪魔をされたり、ライフルで頭部が半分ぶっ飛んだりしたわけでもない。人と電車が衝突する音、運転士席にぶつかる衝撃、割れたフロントガラス。
 これまでに見たどの自殺動画よりも印象に残ったのは、声が、彼女の声から、彼女が生きていた証を感じたから。そして痛みも感じたから。
 こんな場所でどれだけ「死ぬ」と書き綴っても、彼女の一言一句には敵わないなと思う。人前で「死ぬ」と宣言できないのは、彼女のように周りから「どうせ死ねないんだろ」って言われるのが嫌だからかもしれない。

2024年12月29日

 人生について、人間について、生きること、死ぬことについて、××歳なりの答えを出し合ったあの冬、彼を失った喪失感は後追いする行動力すら奪うものだった。



 僕は救わなかった。
 彼が死ぬ理由もその原因を排除する方法も知っていたのに。線路に落ちていく彼の腕をつかむことをためらった。どうせホームに引き戻せても、次は僕の知らない場所で死ぬんだと知っていたから。間に合えば一緒に死ねたかもしれないけれど。
 家族の次に大事な人が、共に死を考えた親友が砕け散る瞬間、脳内は「East of Eden」の『Finale』で埋め尽くされていた。この曲は彼を、僕をエデンには導いてくれない。
 人間らしく悲しめているだろうか。悲しむ権利などあるのだろうか。
 僕は彼じゃない。彼の人生の決定権を持っていなかった。彼の選択を否定できる人間は彼以外に存在しなかった。
 彼は死を選んだ。
 過去は変えられない。未来も変えることはできない。
 彼を救おうと思えば実行できた。自殺を阻止することは可能だった。阻止できなかったことを正当化したいわけではない。ただ僕が彼の人生に踏み入ることは許されないのだ。
 時計はあの日から動いていない。彼が電車に飛び込んだあの時間から進もうとしない。    



 雨が降っている。冷たい雨が真冬の深夜に音を立てて降っている。
 いつか誰かに言われた言葉を思い出す。
 「生きるのに必要なものは全て手中にある。それなのにキミの心はいつも満たされない。イベントを成し遂げても、欲しいものを手に入れても、いつも何かが足りない。」
 「ああ、そうか。魂だ。キミの処世には魂がないんだ。」
 なぜ僕は生きているのだろう。心を癒す温かい雨は降りやしないか。ああ、雨音が止んだ。きっと明日は雪化粧だ。  



ps いつか海の見える部屋で、紙と筆だけを机上に揃え、あなたが知ることのできなかった小説の最後をあなたが書く。それはきっと、この世のどんな俗物よりも面白いものでしょう。その日が来ることは永遠にないけれど、僕は待つ。あなたのもとに旅立つその日まで、僕の心はあなたと共にある。僕は自分を救済するために生きる。