元電通大生による自殺日記

自殺する人間の日常。

あなた、本当は死ぬ気ないでしょう?

 「あなた、本当は死ぬ気ないでしょう」  
 真剣さを感じない、と彼女は笑いながら言った。

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 空白を自分で埋めようと歌う人もいれば、空白に埋もれてしまいたいと歌う人もいる。それが個性なのだ。

 焦るな。どうせ死ぬんだから。

 初めて本物の人の幸せを見た。西友の階段で赤ちゃんをあやしていたお兄さんの、不純物が何一つないあの幸せそうな顔を、再び見ることはないだろう。することもないだろう。誰もあの温かなほほえみには勝てないだろう。

 快速に飛び込んだ彼になれるだろうか。彼のように綺麗な顔で死ねるだろうか。


 ものすごく死にたい、そうだ絶対に死ぬんだ、という強い決意と、あの街でいつまでもダラダラしていたい=内側の世界を追求したい、という欲望の対極。それか世界が終わってほしい。家庭が崩壊するか、血の繋がっている奴全員くたばってくれ。それより自分が死んだ方が早いか。そりゃ漫画の続き読みたいし、馬券買いたいし、ウマ娘育成したいし、ハーゲンダッツ食いたい。けどそれらが生きる理由には到底ならない。それらを生きる希望にしちゃいけないよな。


 ××のイオンで恩師を見かけた。高校卒業以来、約5年振りに姿を拝見した。何も変わっていないように見えた。声をかけようにも、今の自分の見た目では気づいてもらえなさそうだった。というより、そもそも恩師の名前を思い出せなかったため、声を掛け損ねた。
 いやもっと他に理由があった。自分の情けなさ、弱さ、恥を、かつての恩師に見透かされることが嫌だったのだ。今の自分には恩師が喜ぶような話をしてあげることができない。受験をサポートしてもらった大学を2回も留年し、2年も休学しているのだから。他の同級生が社会人として働き、もしくは大学院生として学んでいる中、何も生み出せず布団に潜りこむ毎日。そんな己の幼さを笑い話にできるくらい成長してはいなかった。とても苦い日だった。


 〇〇に帰ってくると「まだこの街にいていいんだよ」と聞こえる。「ここは君の街なんだよ」と言われてる。向こうにいる自分は自分じゃない。あれは俺じゃない。

 傘を盗まれたと「生活の記録」に書いたとき、担任は自分も昔ウォークマンを盗まれたと書き返してきた。まるで盗まれることは当たり前なんだと、盗まれる経験もしておけと、そう言われた。そんなの、当たり前にしていいわけないだろ。盗むのも盗まれるのも、人として恥ずべき行為だろ。そんなんだから、いつまで経っても腐った社会なんだろうが。

 あの頃だって”ちゃんと”やってたのに、あの頃も不利を食らって。今もずっと痛みを引きずって。人の見えない所で努力するものじゃない。